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Column

霧島から水俣へ

いい山がある場所にはいい湯があるし、いい湯がある場所にはいい山がある。
自然災害が多い土地柄だが、日本に住んでいてよかったと思うことはその困難をはるかに上回るほどだと思っている。霧島連山は、久住と阿蘇をミックスさせたような印象でバリエーション豊かな自然環境と活火山や火口湖などのダイナミックな景観、植生も違っていて九州にもこんな場所があったのかと驚いた。
さらに信仰の対象でもある高千穂峰。麓の霧島神宮から過去の噴火で焼失した霧島神宮古宮址、霧島東神社の御神体がある山頂と山岳信仰を辿っていくかのような山行がとても楽しい。
自然の中に向かうことの理由の一つとして、街では感じにくい、過去・現在・未来の大きな時間軸のなかで今立っている場所を認識できるということがある。その意味でも高千穂峰は地層と歴史の両方からダイナミックにそれらを感じることのできる場所だった。

<今回訪れた温泉>
霧島湯之谷山荘
硫黄泉のあつ湯・水に近い温度の炭酸泉・その2つが混じった混合適温湯の3つの浴槽。湯の佇まいの良さは横綱級。

新湯温泉
登山後の疲れを芯から癒してくれる白濁色の硫黄泉。新燃岳が近くにあり、硫黄が噴き出している場所があったりと鮮度抜群。フレッシュ。

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霧島連山から車で2時間ほど、今回のもう一つの目的地「水俣」へ。
今回はどこも閉まっていたので立ち寄らなかったが、途中の「湯の鶴温泉」がいい湯が出てそうな予感がびんびんだったので次回は泊まりで訪れたい。
水俣での目的は、水俣病を改めて知るため。そう思うきっかけを作ってくれた本が2冊ある。
水俣病の当事者として水俣病問題に関わり続けた著者がたどり着いた凄まじくもい尊い救済の思想が綴られた「チッソは私であった / 緒方正人」(河出文庫)、相思社にて水俣病の当事者たちと話した日常が綴られた「みな、やっとの思いで坂をのぼる / 永野三智 」(ころから株式会社)。(リンク先からinstagramでの本の紹介が見れます。)そして、「みな、やっとの思いで坂をのぼる」の著者 永野三智さんがお隣の朝倉市で開催された水俣病の歴史を知る講演会に参加したことも大きなきっかけになった。

相思社は、水俣病がその問題解決を巡る活動を通じて生じた様々な差別や分断、そして当事者たちの不安に応える為に設立された。さらには水俣病の歴史の考察と検証、それらを包括的に行う施設だ。とても簡単には説明できないので詳しくはホームページを見て欲しい。

一般財団法人水俣病センター相思社
https://www.soshisha.org/jp/

今回訪れたのは相思社が運営する同じ敷地内にある「水俣病歴史考証館」。
ここには、国や加害者であるチッソではなく、被害を受けた当事者の側からみた水俣病の歴史が、豊富な資料とともに展示されている。
ここの資料を見ると、これまでの水俣病への認識が覆されるはずだ。被害の実態を認識していながら隠し通そうとしたり、被害者と不当な契約を結び強引に事態を解決させようとしたチッソ。水俣病の実態を歪曲して報道したメディア。病気によって差別され、それぞれの思いの違いから分断して苦しみ続けている当事者。
現在の社会問題の構造の原点を見ているような感じがする。
以下、相思社のホームページより抜粋。

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水俣病事件は一企業の犯罪にはとどまりません。便利で豊かな生活を追い求めるという、ごく当たり前とされる行為が歴史の必然として産み落とした事件でした。水俣病患者は歴史の、人間の欲望の犠牲者だったのです。

半世紀を経た今も人々は便利さ・豊かさという呪縛から解き放たれてはいません。水俣病事件は人間のあり方を根元的に問い続けています。水俣病事件の真実と意味を明らかにすることは人類の未来にとって重要な意味があります。相思社はそのために努力を続けています。

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水俣病の歴史は、そのまま日本近代化の代償となった自然や人々の歴史でもある。この国に生きて豊かさを享受している限り、水俣病と無縁の人などいない。そして、その歴史は今も続いている。水俣病から半世紀を経た今も経済を発展させて便利さ・豊かさを追い求めるスピードは加速するばかり。
「でも、いまは公害問題の時代とは違う、経済と環境のバランスを取りながら進んでいるじゃないか。」という声も聞こえてきそうだが、公害や環境破壊は目に見えにくい形に、先進国から発展途上国へ、そして未開の土地へまで拡散しているにすぎない。
最近でも、原発の問題や、過剰に進められる自然エネルギー開発、異常気象の多発、そしてコロナ禍という状況で噴出した様々な社会問題と経済発展の代償をあげていると枚挙にいとまがない。

公害の原点といわれている水俣病。その歴史を学び直すこと、今も水俣病と闘っている人がいるということ、そして水俣病を引き起こした大きな社会構造に対して、水俣病の歴史を丁寧に検証することでこれから進むべき新たな道を模索している相思社という団体の活動を知ること。

そこには、この状況を打破する確かな答えはないが、いくつもの問いを与えてくれる。
暮らしの豊かさとはなにか?このまま経済発展を続けていいのか?
もう半世紀もまえから突きつけられているこの問いに誠実に答えられる人がいったいどれくらいいるのだろう。

問いを立て続けて、その問いに対して、自分なりの態度を表明し行動すること。
水俣病が今だに解決していないという事実がこれ以上の経済発展に常に疑問を投げかけている。

先人たちの知恵を生かしながら不便さを豊かさへ変換させて、ゆっくりと懐かしいくて新しい未来へ向かって、暮らしを、社会を小さく慎ましくダウンサイジングしていく。

そのために考え方を変換させていく時期に今はいるのだと思う。

多分それは地味だし面倒で時間がかかることだけれども、その先の懐かしくて新しい豊かさを具体的にイメージしながら、少しずつでもその場所を目指して進んでいきたい。

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